はじめに ― 銀行員が観る金融シネマ
映画もドラマも音楽も好きな私は、WOWOWで録画してじっくり観るのが習慣。欠かせない息抜きの時間です。ジャンルは幅広く好きなのですが、このブログのコラムでは、金融系の作品に絞って“銀行員あるある”を解説してみようと思います。
AMLの一問一答に疲れたとき、ちょっと一息つきたいときに読んでみてください。なお、試験の内容ではありません。ただ、学んだ知識を活かしてAML/CFTの視点で観ると、作品がぐっと面白くなる——そう思ってご紹介します。第1弾は、『半沢直樹』でおなじみ池井戸潤さん原作の『シャイロックの子供たち』です。
原作・ドラマ・映画で、実は別モノ
最初にお伝えしておくと、『シャイロックの子供たち』には原作小説・ドラマ版・映画版があり、登場人物の立場や結末、事件の追われ方がそれぞれ違います。
- 原作小説(池井戸潤/2006年)… ひとつの支店に集う行員たちを描いた群像劇
- ドラマ版(WOWOW/井ノ原快彦さん主演)… エピソードごとにじっくり描くタイプ
- 映画版(2023年/本木克英監督・阿部サダヲさん主演)… 核心をコンパクトに凝縮。映画オリジナルの登場人物や展開もあり
私が観たのは「映画版」です。ですのでこの記事は、映画版をベースに書いていきます(原作・ドラマとは違う部分がある点はご了承ください)。
キャッチコピーは「舞台は大銀行!裏の顔も、裏の金も全部暴け!」。
原作は池井戸潤さん(『半沢直樹』で知られる人気作家)。本作を“原点にして最高峰”と語る記念碑的な作品で、脚本も池井戸さん自身が手がけ、第47回 日本アカデミー賞 優秀脚本賞を受賞しています。
監督:本木克英/出演:阿部サダヲ、上戸彩、玉森裕太、柳葉敏郎、杉本哲太、佐藤隆太、柄本明、橋爪功、佐々木蔵之介 ほか
そもそも「シャイロック」って?
タイトルのシャイロックは、シェイクスピアの戯曲『ヴェニスの商人』に出てくる強欲な金貸しの名前です。お金を貸し、返せない相手には容赦しない――そんな冷徹な高利貸しの代名詞として知られています。
では『シャイロックの子供たち』とは誰か。作中でそれとなく示されるのは、私たち銀行員のこと。お金を扱い、お金に人生を左右されながら生きる者たち。いわば“現代のシャイロックの末裔”――そんな皮肉と哀愁を込めたタイトルなんですね。
あらすじ(ネタバレなし)
舞台は、メガバンク・東京第一銀行の小さな支店。ある日、支店で現金紛失事件が起こります。お客様係の西木(阿部サダヲさん)は、同じ支店の愛理(上戸彩さん)、田端(玉森裕太さん)とともに、事件の真相を探りはじめます。
一見平和なこの支店、実は曲者ぞろい。行員たちのさまざまな思惑が絡み合うなか、西木がたどり着いたのは、一支店のミスでは終わらない、メガバンク全体にはびこる不祥事の“始まり”だった――。
お金と人、そして組織の裏側をめぐるサスペンスです。ここから先は配信等で観ていただくとして、この記事で書きたいのは物語の結末ではなく、作中にさらっと出てくる「銀行員の当たり前」について。支店勤務の描写がとにかくリアルで、「こんな備品あったな」「机上はまさにこんな感じ」「それはだめでしょ〜」などなど、思わず身を乗り出してしまいました。
映画の“あの描写”、実務ではこうです
描写がとにかくリアル。銀行員の“当たり前”を挙げてみます。
- 現金その場限り:お客様の目の前で数え、その場で確定させる。後から「合わない」は許されない世界。現金は放置しない、目を離さない——これが鉄則です。
- 日中つながる連絡先を必ず聞く:何かあったときすぐ確認できるように。基本中の基本。
- 印鑑照合は「間違っているもの」として見る:合っている前提で見ると、見落とします。だから疑ってかかる。そして声をかけられたり中断したら、最初からやり直す。
- 「誰かが止めてくれるだろう」と思わない:自分のところでミスや不正を止める。この当事者意識がないと、チェックはザルになります。
- 外で素性がわかる会話をしない:飲み屋でも、行内のことや取引先のことは口にしない。情報漏えいは、こういう油断から起きます。
こうして並べると、実はどれも「不正を防ぐ」「情報を守る」「ミスを見逃さない」という一点に集約されます。そしてこれは、このサイトのテーマである金融犯罪対策(AML/CFT)やコンプライアンスの、いちばん土台の部分そのものなんです。特に「誰かが止めてくれると思わない」は、不正防止の考え方「3つの防衛線」にもつながります(金融庁のマネロン・テロ資金供与対策ガイドラインで示される考え方です)。
映画の“銀行あるある”を、実務解説
① 現金が合わなければ、徹底的に探す
映画の発端は現金の紛失。これ、実際もまさにそうで、現金が合わなければ、合うまで徹底的に探します。現金事故が起きれば、第三者が行員のポケットやバッグの中まで確認し、その日に来店したお客様全員に連絡します。ATMの有高検査は若手の男性がやるし、細かい描写がとにかくリアル。行員自身の口座の動きも、常にチェックされています。それくらい「お金が合わない」は重大事なんです。
② 外回り(渉外)と内勤の“温度差”あるある
渉外は、戻りが遅くて当日の締めギリギリになることもしばしば。書類の持ち出しもあるので、内勤側は必要書類を用意して“お膳立て”しておかないと回りません。逆に内勤だった私は、不平不満を言わずに対処し、他係と常に良好な連携を心がけていました。おかげで渉外の方からとてもかわいがられ、ごちそうしてもらえたりも(笑)。外と中の連携が、地味だけど大事なんですよね。
③ 営業会議も、支店長室も「まんま、あれ」
営業会議の空気感は、本当にあのまんまです。数字を追う緊張、詰められる感じ…経験者ほど「うわ、これこれ」となるはず。
正直に振り返ると、昔はもっと激しかった。無駄に机をバンバン叩いたり、書類を音を立てて投げつけたり。脅迫めいた追い詰めも尋常ではありませんでした。今の現役40代以上は、これを乗り越えてきた世代です。若い方は信じられないかもしれませんが、大げさではありません。私は支店勤務こそ2か店ですが、10年ほど前の本部勤務時代も、部長同士・課長同士が業務上の言い合いで罵詈雑言を飛ばす場面を何度も見てきました。今ではまったく考えられません。「気が強くなければ銀行員は務まらない」と言われた時代から、今は本当に穏やかになりました。
あと、地味に“あるある”なのが支店長室。なぜかやたら大きな将棋の駒の置物や絵画が飾ってあったりするんですよね。あれ、抵当で取ったものなんでしょうか(笑)。絵画も裏に値段が書いてあって、在庫として管理していましたよね。映画の美術さん、よく分かってるなと感心しました。
④ 抵当権に司法書士の立会い ― 新人は「お茶出し」から
映画には、不動産を担保にした融資の場面が出てきます。抵当権付きで、銀行が複数行も関わり、司法書士が立ち会う――あれ、実際もあの緊張感です。
簡単に言うと、家や土地などの不動産を担保にお金を貸すとき、銀行は「抵当権」という担保の権利を設定します。大きな取引だと複数の銀行が関わり、登記を確実にするために司法書士が立ち会う。何千万・何億というお金と法的手続きが同時に動く、ピリッとした場です。
そんな場で、新人だった私の役割は「お茶出し」でした(笑)。でも、あの空気を間近で感じられたのは、今思えば貴重な経験でした。
不動産がらみの大きな取引は、マネー・ローンダリングでも狙われやすい領域。だからこそ本人確認や取引の背景確認(取引時確認)が重要になります。これは犯罪収益移転防止法(犯収法)で定められた手続きです。映画の何気ない立会いシーンの裏にも、こうした確認の世界が広がっています。
⑤ 抜き打ち点検と、“隠せない”時代へ
「一支店の不祥事が銀行全体を揺るがす」という展開も、絵空事ではありません。現実には不定期の抜き打ち自主点検や本部の点検が入りますし、最近はAIの導入で、不正は高い確率で発覚するように。昔より「隠す」ことがずっと難しい時代になっています。(これはまさに、金融庁が求めるモニタリング・内部管理態勢の話です。)
⑥ 声を上げること ― 内部通報のいま
「おかしい」と気づいたとき、声を上げられるか。今は匿名の通報・相談窓口が整っています(公益通報者保護法もあります)。とはいえ「噂にはなる」のが正直なところで、声を上げやすい空気づくりは、どの組織にとってもまだ課題です。
⑦ 出世と人事 ― 昔と今で大きく変わったこと
昔は、社会経験のために数年だけ在籍して去るお坊ちゃま組もいれば、結婚相手を見つけるために就職する女性も多かった。もちろん現場から実力でのし上がる人もいる世界。上司と合わなければ異動…そして当時は男女で仕事も給与も差が大きかったのも事実です。
私が入行した頃から2000年代中頃までは、女性の課長は一人もいませんでした。結婚を機に辞める「寿退社」か、出産を機に退職する方がほとんど。つまり、私の女性の先輩で現役として残っているのは、独身の方しかいません。
それが今はどうでしょう。出産・育児の制度が大幅に整い、課長はもちろん、支店長、さらには幹部にまで女性が当たり前にいます。週休4日が認められたり、介護制度も充実したり。
そして、パワハラ・セクハラなんて今や皆無です。徹底した社内研修に加え、飲み会の帰りに男女2人で駅まで歩くことさえ禁止されているほど。時代は本当に変わりました。
⑧ 粗品・記念品まで、きっちり管理
お客様にお渡しする粗品や記念品といった“頒布品”。昔はおおらかで、正直あまり管理していませんでした。でも今は、取引の内容に応じたものを、きちんと記録して渡すよう管理されています。「そんなことまで?」と思うレベルまで徹底するのは、癒着や不正を防ぐため。地味ですが、これも健全な組織を守る一歩です。
【番外編】ちなみに、私の“自爆営業”のその後
映画では、支店の成績プレッシャーや数字を追う緊張感も描かれます。あれ、誇張ではありません。支店の成績でボーナスの原資が変わるので、みんな必死でした。そして当時よく行われていたのが「自爆営業」――支店内のノルマ達成のため、行員自身でその商品を契約することです。私も定期預金・投資信託・外貨預金・クレジットカード…と様々な商品を、自分で契約しました。
その“自爆”が結果的にどうなったか、ちなみに正直にお話しします。
- 外貨預金:契約後、なんと約25年放置。1ドル105円で買ったドルが158円になったのを見計らって解約しました。手数料が高いので、正直おすすめはしません。私はたまたま結果プラスでしたが、あくまで運です。
- 投資信託:リーマンショックもコロナショックも乗り越えて、今では5倍ほどになったものも。一方、分配金受取型(いわゆる“たこ足配当”)は、元本は多少減ってはいるものの、マイナス評価の時代も耐え、今も毎月チャリンチャリンと入ってきています。運もありますが、余剰資金でやったからこそ長期運用につながりました。
- 定期預金:これもずっと放置。「万が一のときの特別費」としてプールしていますが、その万が一がいまだ到来せず。このまま老後資金になるかも(笑)。
私の場合はたまたまプラスでしたが、銀行の投信・外貨は手数料が高いのは事実。昨今は“NISA貧乏”なんて言葉も話題です。まずは家計管理をして、必ず余剰資金の範囲で行うようにしてくださいね。投資初心者の方、銘柄選びの知識がない方、値下がりに耐えられない方は、インデックス運用がおすすめです。
心に残ったセリフ、そして原作へ
作中では、半沢直樹を彷彿とさせる「倍返し」のセリフまで飛び出して、思わず胸が熱くなりました。そしてもう一つ、深く刺さった言葉があります。
「金は返さなければいけない。だけど、返せば良いってものでもない」——まさにその通りだな、と。
一度悪事に手を染めてしまえば、まっさらに戻ることはできません。金に支配されるのか、汚れてでも金を支配するのか。信念を貫くのか、家族を選ぶのか。登場人物それぞれの、後戻りできない選択が胸に残ります。
そして、原作小説・ドラマ・映画では結末が違うとのこと。映画を観た私は、今度はぜひ原作も読んでみたいと思っています。
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おわりに ― 全部、つながっている
こうして振り返ると、現金管理も、印鑑照合も、情報を口外しないことも、抜き打ち点検も、内部通報も――すべては「不正を防ぎ、お客様を守り、健全な組織を保つ」という一点に集約されます。それはまさに、金融犯罪対策(AML/CFT)の土台そのもの。
一本の映画の、何気ない描写の裏側にも、こんなに“実務”が詰まっている。銀行員目線で観ると、金融シネマは何倍も面白くなります。次回もお楽しみに。
▼ 映画版(見放題)を観るなら
映画『シャイロックの子供たち』は Amazon Prime Video で見放題配信中です。
▼ ドラマ版・その他
私はこの映画を、自宅のWOWOWで録画して観ました。WOWOWオンデマンドでは、原作のドラマ版や放送の見逃し・アーカイブ作品も楽しめます。
※ 映画版は U-NEXT/FOD/DMM TV などでも見放題配信中です(最新の配信状況は各サービスでご確認ください)。
公式サイト:松竹 映画『シャイロックの子供たち』
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