白状すると、私は金(ゴールド)が大好きです。ネックレスも指輪も、金のアクセサリーをつい集めてしまいます。銀行の現場を約30年見てきた現役銀行員として、そして一人の金好きとして言えるのは、金ほど「資産」と「犯罪」の両方に愛されてきたモノはないということ。溶かせば来歴が消え、世界中どこでも同じ相場で換金できる。資産として最高の性質が、そのまま犯罪の道具としても最高の性質になってしまうからです。金の密輸はなぜ起きるのか、売るとき買うときに何を確認されるのか、そして「小さく分けて売れば大丈夫」がなぜ二重に間違いなのか。わが家が実際に金地金を手放したときの記録もあわせて、金を持つ人にこそ知ってほしい話をまとめました。
そもそも:金は「来歴が消える」特別な資産
以前、高級時計の記事で「小さくて高価なモノは狙われる」と書きましたが、金はさらに特別です。時計にはシリアルナンバーがあり、車には車台番号がある。ところが金は、溶かして形を変えれば、どこから来た金なのか誰にも分からなくなる。しかも世界中どこでも、ほぼ同じ価格で換金できます。資産としては最高の性質が、犯罪の道具としても最高の性質になってしまう。これが金をめぐるすべての話の出発点です。
| 高級時計との違い | 内容 |
|---|---|
| 個体の番号 | 時計=シリアルで追跡可能 金=溶かせば来歴が消える |
| 価格 | 時計=モデル・状態で変動 金=世界共通の相場で明快 |
| 換金 | 時計=専門店が必要 金=世界中の貴金属商で即換金 |
金密輸:消費税の仕組みを悪用した「運び屋ビジネス」
2010年代、日本で金の密輸が急増しました。仕組みは単純です。海外で金を買い、税関に申告せずにこっそり持ち込み、国内の買取店で売る。すると売却価格には消費税分が上乗せされるため、本来納めるべき消費税を納めていない密輸者は、その分をまるごと儲けられるのです。規模を実感していただくために、いまの価格で計算してみます。田中貴金属が公表した2026年8月6日17時の店頭小売価格は、1グラム24,042円(税込)。金1キログラムなら、およそ2,400万円です。この規模になると、消費税分だけで1キロあたり200万円を超える計算になります。体に巻いて、スーツケースの底に隠して、と手口は巧妙化しましたが、2017年に財務省・税関が「ストップ金密輸」緊急対策を打ち出し、罰則の強化(金の価格の最大5倍の罰金など)と検査の強化で、摘発が進みました。それでも金価格の上昇とともに、密輸の動機は今も消えていません。
密輸された金を買い取ってしまえば、それは犯罪収益の換金に手を貸すことになります。だからこそ、次にお話しする「買取店の確認」が大事になるのです。犯罪収益の基本は第1章 金融犯罪の一問一答でどうぞ。
金を売るとき・買うとき:あの確認の意味
金の買取店やジュエリーショップで、本人確認を求められた経験はありませんか。あれも法律の義務です。金やプラチナ、宝石を扱う買取業者は、犯罪収益移転防止法の「宝石・貴金属等取扱事業者」にあたります。代金を現金でやりとりする200万円を超える売買では取引時確認が義務づけられ、不自然な取引は疑わしい取引として届け出られます。盗品や密輸品を市場に入れないための、貴金属版の水際対策です。さらに、金地金を売って対価が200万円を超えると、買取業者から税務署へ支払調書が提出されます。「こっそり大きく売る」ことは、まっとうな市場ではそもそもできない仕組みになっているのです。
売る側からすると、身分証を出すのは少し面倒に感じるかもしれません。ただ、この確認があるからこそ、盗まれた金や密輸された金がまっとうな買取カウンターに入り込みにくくなります。市場に怪しい金が混ざらないということは、正直に持っている人の金が、正しい値段で売れるということ。免許証を出すあのひと手間は、結局のところ、持ち主の側の資産価値を守っている仕組みでもあるのです。銀行の窓口で私たちがお客さまに確認をお願いしてきたのも、まったく同じ理屈でした。特定事業者の範囲は第3章 国内法規制等の一問一答、疑わしい取引は第7章の一問一答で学べます。
「小さく分ければ大丈夫」は、二重に間違いです
この確認と支払調書の話をすると、ときどきこう聞かれます。「200万円を超えると税務署に伝わるなら、小さく分けて売ればいいのでは」と。これは二つの意味で間違いです。
一つめは、税金の話。金地金を売って出た所得は、原則として譲渡所得として扱われます。大事なのはここで、申告が必要かどうかを決めるのは「売った金額」ではなく「利益(所得)」のほうです。一方、買取業者から税務署へ支払調書が提出されるのは、対価が200万円を超えたとき。分けて売れば税務署から見えにくくなるだけで、申告の義務そのものは変わりません。見えにくくすることを狙った時点で、話の筋が良くない方向へ向かっています。
なお、税金の扱いは、その金をいつ手に入れたか、取得したときの資料が残っているかなどで変わってきます。私は税理士ではないので、ここでは一般的な仕組みまでにとどめます。個別の判断は、所轄の税務署や国税庁の相談窓口で必ず確認してください。
二つめが、私の本業に近い話です。基準となる金額を下回るように取引をわざと分ける行為は、AML/CFT(マネー・ローンダリング対策)の世界で警戒される典型的な動きです。金融庁が公表している疑わしい取引の参考事例にも、短期間のうちに繰り返される取引について、基準額(敷居値)を若干下回る取引が認められる場合も同様とすると書かれています。この参考事例は預金取扱い金融機関などに向けたものですが、それ以外の特定事業者も、これに準じた取扱いをすることとされています。貴金属の買取カウンターでも、銀行の窓口でも、見ているところは同じなのです。
分けて売っても税の義務は残り、分けたこと自体が疑いを呼ぶ。二重に損な売り方だと思います。堂々と売って、記録を残す。それが結局いちばん安全で、いちばん得です。
相続で金が来たら:気をつけたい三つのこと
ここからは、金が手元に来たあとの話です。わが家の経験もふまえて、相続で金を受け取ったときのポイントを三つにまとめます。①金も立派な相続財産なので、相続時の時価で評価して申告の対象になること。②売却するときは前述の本人確認と支払調書の世界に入るので、相続の経緯が分かる書類や、いつ取得したものかが分かる資料を残しておくとスムーズなこと。③「申告しないでこっそり持っておけば」という発想は、のちの売却時や次の相続で必ず行き詰まること。金は来歴が消えるモノだからこそ、持ち主の側が来歴の記録を残しておくことが、資産価値を守るいちばんの方法なのです。
わが家の話:2021年6月、500グラムを手放しました
ここからは、わが家の実際の話です。わが家では、相続で受け取った金地金500グラムを2021年6月に手放しました。品位は9999、いわゆるフォーナインと呼ばれる純度99.99パーセントの地金で、重量の刻印と品位の刻印が入ったものです。売却したのは田中貴金属の特約店。売却単価は1グラムあたり7,050円で、500グラムの合計は3,525,000円でした。手数料はかかっていません。
代金は、そのまま自宅のリフォーム代になりました。金の延べ棒が、床や壁や水まわりに姿を変えたわけです。相続で受け取ったときは、うれしさより先に「これ、どうすれば」と戸惑ったのが正直なところでしたから、暮らしの形に変わってようやく落ち着いた気がしました。
手元に残っているのは、そのときの計算書だけです。重さ、品位、単価、合計金額。たったそれだけの紙ですが、数字と刻印が残っていたから、何年たっても正確に振り返れる。金の話でいちばん大事なのは、実はこの「記録が残る」ことなのだと、あとから気づきました。
刻印が守ってくれたもの:999.9という数字
金地金には、重さと品位(純度)の刻印が打たれています。この刻印が、そのまま買取価格を左右します。田中貴金属は、他社が製造した金地金を買い取るときの条件を公表していて、内容は次のとおりです。
| 金地金の刻印 | 買取の扱い |
|---|---|
| 重量刻印および品位刻印「999.9」がある | 公表している店頭買取価格(税込)で買取 |
| それ以外で、品位刻印が995以上 | 所定の金額を減額した価格で買取 |
| 品位刻印が995に満たない | 「995以上のものに限り」とされ、対象外 |
わが家の地金にも、重量と品位の刻印がありました。だから減額もなく、手数料もかからずに買い取ってもらえた。逆に言えば、刻印がない金や、純度の証明ができない金は、同じ重さでも同じ値段では売れません。溶かして固めただけの金の塊は、たとえ中身が純金でも、市場では堂々と値段がつかないのです。時計の保証書、ダイヤモンドの原石の証明書と、まったく同じ構図です。
この刻印の話は、地金だけのものではありません。私が集めている喜平ネックレスにも、留め具のあたりに小さく品位が刻まれています。18金なら750、つまり1000分の750が金という意味の数字です。ジュエリーを売るときも、まず見られるのはこの刻印と重さ。デザインの好みは値段にあまり関係がなく、何グラムの、何金かという事実だけで淡々と計算されます。身に着ける資産を持つなら、自分の一本に何と刻まれているかは、一度確かめておいて損はありません。
指輪やネックレスの刻印:造幣局のホールマーク
その品位の刻印には、実は国の機関が関わっています。造幣局は、貴金属製品の製造または販売をしている事業者からの依頼に応じて品位試験を行い、この試験に合格したものに証明記号を打刻して、その品位を証明しています。これがホールマークと呼ばれるものです。
記号は三つの部分でできています。一つめが、日本の造幣局の証明であることを示す日の丸。二つめが、ひし形の中の数字。これは品位を1000分率で表したもので、金に750とあれば、金の品位が75パーセントという意味になります。そして三つめが、金属の種類を示す記号です。造幣局が示している金製品の品位証明区分は、999、916、750、585、416、375の六つ。数字は金属ごとに違い、白金であれば90パーセントを表す品位900の記号があります。
もう一つ知っておきたいのが、表示のルールが途中で変わっていることです。造幣局によると、平成24年(2012年)4月以降に受け付けた製品からは、貴金属合金の品位を定める国際標準規格(ISO 9202)と日本産業規格(JIS H6309)に準じた新しい品位表示になりました。純金属は999と表示するよう改められています。手持ちのジュエリーで表示の書き方が違っていても、製造や受付の時期が違うだけ、ということがあるわけです。
ここで大事なのは、この品位証明が任意の制度だということです。造幣局自身が、任意の制度として設けられているためマークのない製品も市販されている、とはっきり書いています。ですから、お店で見た指輪やネックレスにホールマークが入っていなくても、マークが無いから偽物、ということにはならない。ここは誤解されやすいところなので、覚えておいて損はありません。
地金は999.9の刻印、指輪やネックレスは造幣局のホールマーク。形は違っても、どちらも第三者が品位を保証した記録です。持ち主が「これは純金です」と言うのではなく、外の誰かが試験をして残してくれた記録だからこそ、値段の根拠になる。金の価値を支えているのは、きらめきそのものではなく、こうした地味な記録の積み重ねなのだと思います。
金は刻印と記録が価値を守りますが、手元にある間の保管も同じくらい大切です。まとまった量を持つなら、銀行の貸金庫という選択肢もあります。自宅に置くなら、金庫選びで見るのは値段よりも耐火時間(30分か1時間か)と、床や壁に固定できるかの2点です。
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いま売ったらいくらか:2026年8月時点で計算してみました
では、あの500グラムを今も持っていたら、いくらになっていたのか。2026年8月6日17時に田中貴金属が公表した店頭買取価格(税込)は、1グラム23,493円。500グラムなら11,746,500円です。2021年6月の3,525,000円と比べると、差は8,221,500円。およそ822万円、倍率にして約3.3倍になります。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 2021年6月の売却単価 | 7,050円/グラム |
| 同・500グラムの合計 | 3,525,000円(手数料なし) |
| 2026年8月時点の買取価格 | 23,493円/グラム(税込) |
| 同・500グラムなら | 11,746,500円 |
| 差 | 8,221,500円(およそ3.3倍) |
この表を作ったときは、さすがに声が出ました。ただ、この話には続きがあって、わが家としては後悔していません。その理由は最後に書きます。ひとつだけ先にお伝えしたいのは、相場は毎日動くということ。売り買いを考えている方は、必ずその日の公表価格を確認してください。ここに書いた数字も、2026年8月時点の記録にすぎません。
もう一つ、金を買う方に知っておいてほしいことがあります。同じ日でも、買うときの価格と売るときの価格は違います。2026年8月6日17時の公表価格でいえば、店頭小売が24,042円、店頭買取が23,493円。1グラムあたり549円の差で、500グラムなら27万円ほどになります。この幅はスプレッドと呼ばれ、市場の変化によって変更することがあると公表されています。金を買うということは、この差の分だけマイナスから始まるということ。短期で売り買いする資産ではなく、長く持つ資産なのだと考えておくほうが、気持ちの上でも穏やかでいられます。
金を持つ人が、今日からできること
むずかしい話が続いたので、最後に持ち主としてできることを整理しておきます。どれも、わが家が実際にやってきて「やっておいてよかった」と思ったことばかりです。
- 買ったとき・受け取ったときの書類を、金と別の場所に保管する(計算書や保証書、相続の資料。売るときにも、次の世代に渡すときにも効いてきます)
- 重量と品位の刻印を写真に撮っておく(刻印は、価格を決める情報そのものです)
- 売る前にその日の公表価格を確認し、買取価格と小売価格の差も見ておく
- まとめて売って、記録を残す(分けて売っても得はありません)
- 身に着ける金は、着けていく場所を選ぶ(重量のある喜平ほど目立ちます)
この五つは、どれも派手さのない習慣です。それでも、金という「来歴が消えるモノ」を持つ以上、記録を残せるのは持ち主だけ。面倒に見える一手間が、そのまま資産の価値を支えてくれます。
資産は使ってこそ:わが家の結論
822万円を逃した話で終わらせたくないので、最後にわが家の結論を書いておきます。あのときの売却代金は、まるごと自宅のリフォームに使いました。昨今の国際情勢やインフレで、リフォーム代もずいぶん値上がりしています。私はたまたま、いい時期にリフォームができた。売却で入ってくる金額は少なくなったけれど、払う金額も少なく抑えられた。だから、結果オーライだと思っています。
金は、持っているだけなら重い金属です。相場を当てにいくより、記録をきちんと残して、必要になったときに堂々と換えられる状態にしておくこと。それが、金と長くつきあうコツなのだと思います。
正しく持てば、金は世代を超えて価値をつなぐ頼もしい資産です。同時に、来歴が消えるという性質があるために、密輸や犯罪収益の換金に使われ続けてきたモノでもあります。買取店の本人確認も、税関の検査も、支払調書も、すべては「まっとうな金の持ち主」を守るための仕組み。だから、AML/CFT(マネー・ローンダリング対策)の学習は、金好きにとって実益のある知識でもあるのです。試験全体の攻略はAML/CFTスタンダードコース攻略ガイドにまとめています。まずは全体像から、という方はこちらからどうぞ。試験勉強に疲れたらコラムで気分転換、一息ついたら、これからも学習、頑張ってください!!
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